商標の先使用権とは? 認められるための要件や効果について解説
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特許庁が公表している「特許行政年次報告書2020年版」によると、千葉県内の令和元年の商標登録出願件数は、2348件で、商標登録件数は、1529件でした。千葉県内の商標登録出願件数および商標登録件数は、全国的にみても上位の件数であり、毎年相当な数の商標登録出願および商標登録がなされていることがわかります。
企業の担当者としては、商標登録という言葉自体は聞いたことがあっても、どのような内容のものかということや、どのような場合に商標登録をすればよいかなど詳しい内容についてはよく理解していない方も多いかもしれません。誰かに自社製品の商標が登録されてしまった場合には、先使用権が認められなければ、商用の使用ができなくなるというリスクもあります。
今回は、商標の先使用権と商標登録の重要性について、ベリーベスト法律事務所 千葉オフィスの弁護士が解説します。
1、先使用権とは
誰かに先に商標登録をされたとしても、一定の要件を満たす場合には、引き続きその商標を利用することができます。この権利を先使用権といいます。以下では、商標と商標権、そして先使用権の概要について説明します。
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(1)商標とは
商標とは、事業者が自己の商品や役務(サービス)について使用する標章です。
商標には、事業者が自己の商品や役務と、他者の商品や役務とを区別する機能(自他商品・役務識別機能)があります。そのため、同一の商標が使用されている商品や役務は、同一の事業者が提供していることが表示されますし(出所表示機能)、商品を購入したり役務の提供を受けたりする側からみると、同一の商標が使用されている商品や役務は品質が同じであることが期待できることにもなり(品質保証機能)、大量に使用されますと無意識にその商標が付された商品や役務をよいものと考え、その商品や役務の需要を増やすようにもなります(宣伝広告機能)。
企業が商品やサービスを提供する際には、上記のような商標の機能に着目して、その商品やサービスに、特徴的な文字や図形等を付けているのです -
(2)商標権とは
商標権は、設定の登録によって発生します(商標法18条1項)。
商標は、「商標登録」によって初めて権利として認められ、何もしなければ基本的には権利として保護されることはありません。
商標権の効力として、指定した商品や役務(サービス)について、登録商標を排他独占的に使用する権利を占有することができます(専用権)。
また、他の事業者が登録商標を類似範囲に属する商品や役務に使用すると、誤解が生じる可能性がありますので、そうした使用を禁ずる権利も認められています(禁止権)。
商標権の存続期間は10年とされ、設定登録日から10年の経過により消滅します。しかし、存続期間の更新手続きを繰り返せば、半永久的に商標権を存続させることも可能です。 -
(3)先使用権とは
設定登録された商標については、商標権者が独占的に使用することができますので、原則として、他の事業者がその商標を使用することは認められません。
商標登録の制度は、同一・類似の商標について最も先に出願した者に商標権を付与するという「先願主義」がとられているため、「商標の設定登録は早い者勝ち」という事態が生じます。しかし、たとえば商標権者より先に、長期間継続的にその商標を使用している企業が、商標登録をしていないがために、その商標の使用が認められなくなるという事態が生じれば、あまりに不利益が大きいといえます。
そこで、商標法では、商標登録をしていなかったとしても、一定の要件を満たす場合には、例外的に商標を使用する権利を認めています。それが「先使用権」です。
先使用権が認められた場合には、引き続きその商標を使用することが可能になります。しかし、あくまでも先使用権は先願主義の例外という位置付けですので、先使用権が認められたからといって、他人が類似の商標を使用することを禁止(差止請求)できるわけではありません。
2、先使用権の要件
先使用権はどのような場合に認められるのでしょうか。以下では、先使用権の成立要件について詳しく説明します。
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(1)先使用権成立の要件とは
先使用権が認められるためには、商標法32条1項の要件を満たす必要があります。
商標法
第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(中略)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
2 (略)
商標法32条1項によると、先使用権が認められるための要件は、次の四つに整理されます。
- ①他人の商標登録出願前から当該商標を使用していたこと
- ②不正競争の目的ではなく当該商標を使用していたこと
- ③他人が当該商標の登録を出願したときに、先使用者の商標が先使用者の業務にかかる商品または役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること
- ④先使用者が継続してその商品またはサービスについて当該商標の使用をしていること
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(2)各要件の内容
①他人の商標登録出願前から当該商標を使用していたこと
先使用権が認められるためには、商標権者の出願より前に、日本国内において商標権者が商標登録した商品、またはサービスと同一・類似の商品またはサービスで当該商標を使用していたことが必要になります。
②不正競争の目的ではない使用であること
不正競争の目的とは、他人の信用を利用して不正な利益を得る目的をいいます。
先使用権が問題となるのは、商標登録権者の商標登録出願以前から商標を使用している事案ですので、商標登録権者が出願する前から一般的な態様で使用していたのであれば、特段の事情が無い限り、不正競争の目的はないものと事実上推認されています。
③他人が当該商標の登録を出願したときに、先使用者の商標が先使用者の業務にかかる商品または役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること
「需要者の間に広く認識されている」との要件は、一般的に「周知性」の要件といわれています。
商標法上、周知性に関する明確な定義がないため、さまざまな見解があるところですが、現在の実務上は、商標出願審査における周知性(商標法4条1項10号)よりも緩やかなもので足りると考えられています。
具体的には、商標法4条1項10号の周知性については、隣接数県程度の広範な地域で商標が知られていることが必要であると考えられていますので、先使用権における周知性は、それよりも狭い範囲であっても認められる可能性があります。
周知性の判断要素としては、一般には、商標使用の態様・状況、商標使用地域の範囲、使用期間、商品などの性質・種類・事業形態、営業内容、業界での取引の実情、業績の推移、需要者層の種類・数、同業者の数と状況、市場占有率、広告宣伝の状況、周知のための企業努力などを総合考慮して判断することになります。
そして、立証方法としては、上記の考慮要素に応じた立証を工夫することになりますが、決算書等による販売状況や、広告宣伝の状況、需要者に対するアンケート調査などによることもあります。
④継続してその商品またはサービスについて当該商標の使用をしていること
先使用権が認められるためには、現在も継続して当該商品またはサービスの商標を使用しているということが必要になります。
この要件は、使用が中断していた場合に問題となることがありますが、継続の意思が客観的に認められるとき(例えば、夏に冬物の販売を中止したり、大雨で工場が浸水したため復旧するまで製造を中止したりしたとき)は、一時的に中断があったとしても問題ないとされています。
3、先使用権の立証は難しい
先使用権は、主に、商標権侵害を理由に使用の停止を求められた場合や使用の差し止めをもとめる裁判を起こされた場合に、抗弁として主張することになります。
先使用権が認められれば、引き続き当該商標を使用することができますが、先使用権の要件を立証することは容易ではありません。
特に、自社の商標が、他人の当該商標の出願時に「自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」という周知性の要件を立証するハードルが高いといえます。そのため、商標登録をしなくても継続的に使用している商標だから問題ないと安易に考えることは非常にリスクの高い行為となります。
4、商標登録の重要性について
企業が自社の商品やサービスに特徴的な目印を使用し、それがある程度世間に周知されているものであれば、自社のブランドイメージを守るためにも商標登録を検討することをおすすめします。
商標法では、先使用権という権利が存在していますが、あくまでも先願主義の例外であり、差止請求を受けたとしても引き続き商標を使用できるという程度の権利でしかありません。上記のとおり、先使用権の立証にはハードルがありますので、先使用権があるからと安心していると足元をすくわれるおそれもあります。
また、自社の商標が第三者によって使用されていたとしても、商標登録をしていなければ第三者による同一・類似商標の使用を禁止することはできません。
商標登録をすることによって、第三者の商標権を侵害するリスク、第三者に同一・類似の商標を使用されるリスク、同一・類似の商標を登録されるというリスクを回避することが可能になります。企業のブランド戦略にとって重要な手段となりますので、ぜひ検討してみてください。
5、まとめ
商標権侵害を理由に差止請求を受けたとしても、先使用権の立証に成功すれば引き続き当該商標を使用することができます。しかし、今回解説したとおり、先使用権の立証についてはハードルが高く、先使用権が認められたとしても排他的に商標を使用する権利はありません。したがって、企業としては、早めに商標登録を検討してみるとよいでしょう。
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