個人事業主に労働基準法は適用される? 業務委託での残業代の扱いとは

2023年08月10日
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個人事業主に労働基準法は適用される? 業務委託での残業代の扱いとは

個人事業主は、業態によりさまざまな形があります。たとえば、個人事業主として企業と業務委託契約を結んでいるけれど、まるで社員のように働かされ、想定以上に長時間労働を強いられているという方もいるでしょう。

このような場合、個人事業主でも労働基準法が適用され、残業代が請求できる可能性があります。また、働くうえで大切な補償の基礎となる雇用保険や労災保険についても、加入対象となる可能性もあります。

本コラムでは、個人事業主が企業側に残業代を請求できるのはどんな場合なのか、また、雇用保険や労災保険について、ベリーベスト法律事務所 千葉オフィスの弁護士が詳しく解説します。

1、個人事業主は労働基準法の対象外?

  1. (1)個人事業主とは

    通常、会社員は勤務先と雇用契約を結び、会社から給与が支給されています。これに対し、雇用契約を結ばずに、個人で事業を行っている人を個人事業主といいます。
    「個人」とありますが、事業主ひとりのみで事業を行う場合に限りません。親族や、自分が雇用した従業員など複数の人員で力を合わせて事業を行っている場合も、法人化していなければ個人事業主にあたります

    そんな個人事業主が仕事先と締結する契約は、一般的に「業務委託契約」と呼ばれるものです。この契約によって受託した業務を行い、その対価として金銭を受け取ります。この金銭は、給料ではなく報酬と呼ばれています。

    会社からすると、雇用契約によって社員を長期的に雇って管理を行い、社会保険料などを負担することは大きなコストです。また、いったん雇用をすると、たとえ社員の働きぶりが芳しくなくてもなかなか解雇することが難しくなります。

    雇用契約は労働基準法の適用対象であり、単純に会社都合で社員を解雇してしまうことが難しいからです。したがって、雇用契約を締結することは、人材を獲得する手段である一方で、会社にとってはある意味、負担やリスクを負う側面もあります。

    そこで、そのような負担やリスクを負わずに、一定の業務を誰かにやってほしいというニーズに応えるのが業務委託契約といえます。業務委託契約の場合、会社の外部の人間に仕事を依頼する形になるので、人の「管理コスト」がかかりません。また、必要な時に依頼すればよいので、人を抱え続けるリスクもかなり軽減されます。

    個人事業主側としては、ひとつの企業に縛られず、自分の時間や才能を生かして仕事を選んでいける点、働き方や仕事の時間と場所を選べる点が業務委託契約を結ぶメリットでしょう。

  2. (2)雇用契約と業務委託契約の違い

    労働基準法は、企業などと雇用関係にある労働者を対象とした法律です。雇用関係の場合、雇い主という言葉が表すとおり、雇っている側が主で、雇われている側はその下に従属している状態です。

    雇い主が決定したこと、たとえば就業規則や賃金規程などに従業員は原則として従うこととなっており、両者は主従関係にあります。主従関係にある労働契約では、労働者は雇い主である会社よりも弱い立場です。自分で労働時間や賃金などの労働条件を決定できません。この状態を放っておくと、雇い主が労働者に対して、十分な休みや相当な賃金を与えないで働かせてしまう可能性があります。

    労働基準法などの法律が整備される以前は従業員の立場は弱く、解雇を恐れて文句もいえず、過酷な労働条件で働かせ続けられるということが実際によくありました。このような雇い主と労働者との不公平な関係を是正し、労働者の権利を守るために整えられたのが労働基準法です。いわば、労働者が搾取されずに働くための労働条件の最低基準を定めたものです。

    これに対して、業務委託契約の場合、業務を委託する側と業務を受ける側とは上下関係にありません。どちらかが主で片方が従という主従関係もありません。お互いが独立して対等な関係で契約を結び、「受託者」が業務を行い、委託者はそれに対して報酬を支払う関係です。このような業務委託契約の場合には、労働基準法は適用されません。受託者である個人事業主は、働く条件を自分で判断して決めていくことができるので、労働基準法による保護は必要ないという理屈です。言い換えれば、すべて自分の判断、自己責任というわけです。

    労働基準法の適用がないため、委託を受けた業務を行うにあたり、労働時間の規制(三六協定の上限時間規制や割増賃金の支払い、法定休日や休憩時間の確保等)、最低賃金の規制、産休・育休・介護休業等の法定休業の規制、不当解雇の禁止といった規制は一切適用されないのが原則です

  3. (3)例外的に労働基準法が適用される場合

    ただし、業務委託契約の中には、実質的に雇用契約と変わりないものもあります。

    たとえば働く条件を自分で決められず、仕事を監督され自由がないという状態です。このような場合でも、形式的に雇用契約ではないからと、一切の労働基準法上の保護を受けられず、この状態を受け入れるしかないのでしょうか。

    実際は業務委託契約であっても、例外的に「労働基準法の対象」として保護される場合があります。それは、個人事業主の業務委託の内容や実態から、労働基準法における労働者と認められた場合です。

    労働者とは、「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」とされています(労働基準法9条)。
    業務委託契約による労務提供者が「労働者」か否かは、契約の形式(文言)によって決められるのではなく、労働契約の実態において事業に「使用され」かつ「賃金」を支払われている労働関係と認められれば「労働者」といえます。

    具体的には「使用され」ていることと「賃金の支払い」という2つの基準により判断されます。「使用され」とは指揮命令下における労務の提供を意味し、「賃金の支払い」とは労務の対象として使用者が労働者に支払うものすべてのものと定義されています。この2つの基準を総称して「使用従属関係にあること」と概括的にとらえて、仕事の実態を総合的にみて判断されます。単純な契約の形式や契約書のタイトルだけではなく、以下のような実質的な働き方によってということになります。

    ●仕事の依頼に対する諾否の自由
    「使用され」るといえる典型は、仕事の依頼自体を断れるか、仕事を受けたあとの業務内容について、委託者の指示を断ることができるかがポイントです。具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して諾否の自由を有していれば、他人に従属して労務を提供しているとはいえず、逆に仕事自体を自由に断れない関係性があると、雇用契約であると判断されやすくなります。

    ●指揮監督の有無
    業務の内容および遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素です。

    仕事を受けたあとの仕事のやり方について、委託者の指示ではなく自分で判断しているのか、仕事の進め方について管理されず自分の裁量で進めているのかがポイントです。仕事のやり方や進め方を自分で選べず、指示監督を受けている状態があると、雇用契約であると判断されやすくなります。使用者の命令、依頼等により通常予定されている業務以外野業務に従事する場合にも使用者の一般的指揮監督を受けているとの判断を補強する事情となります。

    ●勤務場所・勤務時間を拘束性の有無
    勤務場所および勤務時間が指定され、管理されていることは、指揮監督関係の基本的な要素です。
    「何時間働くのか」、「いつ休憩時間をとるか」などの時間に関する決定を自分でできるか、そして、働く場所に関する決定を自分でできるかという観点です。働く時間や場所を自由に決定できず、常に指示命令に従い動いている場合など、拘束されている関係性があると雇用契約と判断されやすくなります。
    なお、委託者の都合で長時間労働を強いられているような場合は、雇用契約であることを認めさせたうえで、残業代などを請求することも考えられます

    ●業務用機械の所有・実費の負担関係
    業務に使用する機材(パソコンや事務機器など)を誰が用意しているかという観点です。
    機材が会社から用意され、それらを使って業務を行っている場合や購入にかかる費用が会社負担の場合は、雇用契約に近づきます。逆に本人が所有する機械、器具などが著しく高価な場合には自らの計算に基づき事業経営を行っているとして事業者と認められやすくなります。交通費などの実費が会社負担の場合も雇用契約と判断されやすくなります。

    ●一般労働者との報酬額の比較
    報酬額が一般の労働者と同様かどうかという観点です。たとえば、同じような職務内容で同程度の報酬をもらっていれば、他の労働者と実質的には変わりがないという解釈から、雇用契約に近づきます。反対に報酬の額が当該企業において同様の業務に従事している正規従業員に比して著しく高額である場合には、自らの計算に基づいて事業経営を行う事業者への代金の支払いとも考えられるため、事業者と判断されやすくなります

    ●専属性の有無
    働く側からして、その会社の仕事をメインにしているかという観点です。他者の業務に従事することが制度上誓約されている場合や正社員と変わらない程度に自らの稼働時間をほぼその仕事に充てている場合などには、専属性の程度が高く、一般労働者と実質的に同じではないかという解釈から雇用契約に近づきます

    そのほか、採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用とほとんど同様であるか、報酬について給与所得としての源泉徴収を行っているか、労働保険の適用対象としているか、服務規律を適用しているか、退職金制度や福利厚生制度に組み込まれているかなど、一般労働者の待遇とさまざまな点で比較し、それらを総合的に勘案して、契約や業務提供の実態が、雇用契約に基づく労務の提供と実質的に変わらないと判断されれば、労働者だと認められることになるのです。

2、個人事業主は雇用保険や労災保険に加入できる?

雇用契約だと認められ、個人事業主に労働者性があるとなれば、労働法上の保護を受けることが可能になり、雇用保険や労災保険への加入が可能となります。

  1. (1)雇用保険

    雇用保険制度は、労働者が失業など雇用の継続が困難となった場合に、その後の生活を支える仕組みです。失業後に失業保険給付としての金員を一定期間受け取れる点が大きなメリットです。そのほかにも、新しく仕事に就くために、技能習得用の職業教育訓練を受けられる制度や、専門学校や専門職大学院などの学費の一部に利用できる場合もあります。

    労働者を雇用する事業主には全労働者について原則として雇用保険の加入義務があります。したがって、業務委託のつもりだった個人事業主についても、労働者だと認められれば、雇用主は雇用保険に加入しなければなりません

  2. (2)労災保険

    労災保険制度は、業務上の事由または通勤による労働者の負傷・疾病・障害または死亡に対して労働者やその遺族のために、必要な医療費や休業中の賃金などの保険給付を行う制度です。

    たとえば、仕事中に機械に手を挟んで怪我を負った、あるいは長時間労働による精神的な要因で働けなくなった場合など、その怪我や病気の原因が業務によるものである認定されれば、労災保険による医療費や休業分の収入の補償を受けることができます。また、万が一労働者が亡くなった場合、遺族に対する補償金が給付されます。

    なお、労働災害が交通事故として発生した場合、労災事故としての補償と、交通事故による自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)や相手方任意自動車保険からの賠償をともに請求できます。もっとも、同じ費用項目について二重取りはできず、調整が行われます。

3、業務委託契約でも残業代が請求できる場合とは?

  1. (1)個人事業主は残業代請求できない

    個人事業主であっても雇用契約だと認められれば残業代が請求できる場合がありますが、業務委託契約は労働時間を自分の裁量で選べることが前提となっています。休憩時間や休日は自分で選択して調整するため、労働時間の上限や所定労働時間といった残業代の前提となる考え方がありません。したがって、原則として個人事業主は仕事の相手に残業代を請求することはできません

  2. (2)例外的に残業代を請求できる場合

    しかし、業務委託契約にもかかわらず、その実態は時間の管理が行われ、残業を指示されるなど、実質的に正社員と変わらないということも珍しくありません。こうした状態が続くと、請負ではなく実質的な雇用契約であるという判断に傾くというのは前述したとおりです。雇用契約だと判断されれば、労働基準法の適用があり、残業代を相手に請求できる可能性があります

4、「雇用契約かもしれない」と思ったら弁護士に相談

個人事業主として働いている場合でも、労働基準法が適用されて、労働者としてさまざまな権利が認められる可能性があります。

ご自身の契約が、たとえ業務委託契約だったとしても、それだけで最終的な判断はできません。個人事業主の方で、委託主との契約に疑問がある、雇用契約かもしれない、過剰な労働時間がつらい、残業代を請求したい、といった思いを抱えている方は、一度弁護士へご相談することをおすすめします。

個人事業主には雇用保険の適用がなく、失職したらたちまち無収入となります。労働者と認められて雇用保険に加入することができれば、会社都合の解雇の場合はすぐに給付金を受け取れますので、雇用保険の加入の有無は労働者の安定した生活のために重要です。

また、労災保険がなければ、仕事中に大けがをした場合の治療費も自己負担、仕事を休んでも補償がもらえません。その負担は大きく、自分が労働者かどうかは業務委託契約で働く人にとって大きな分かれ目です。

さらには、長時間勤務に対して残業代の請求が認められる可能性もあります。これらの権利が自分にあるのか、そのように請求するのか、ご自身で判断するのは難しいものです。これら労働問題には複雑な判断を要するものが多いので、ぜひ弁護士に相談されることをおすすめします。

5、まとめ

個人事業主に労働基準法が適用されるかどうか、業務委託契約でも残業代などが請求できるのか、などについて解説しました。

労働基準法の適用範囲かどうかの判断では、「労働者」といえるか否かが最大の争点となります。それらはさまざまな環境要因や状況を精査したうえで判断されるため、ご自身が労働基準法の適用かどうか検討したい場合は、まずは弁護士に相談することがおすすめです。

また、労働者と認められた場合に、どんな権利が生まれるのか、どんな請求ができるのかも整理しておきましょう。雇用保険や労災保険、そして、残業代の請求などが認められるかは、特に大きな違いです。

ベリーベスト法律事務所 千葉オフィスでは、個人事業主の労働法上の保護について豊富な知見・経験をもつ弁護士が多数在籍しています。どう働くか、どのように労働問題を解決するかは、人生に大きくかかわる大切なことです。
お客さま個人の事情に沿って丁寧にお話を伺っておりますので、お気軽にご相談ください。

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