名ばかり取締役とは? 労働者性が認められれば残業代は出る?
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千葉県のデータによると、令和5年における千葉県内の事業所(規模5人以上)の1人平均月間現金給与総額は29万9866円で、前年比102%増となりました。
取締役として登記されているにもかかわらず、実際には会社の指示を受けて労働者同然に働いている方がいらっしゃいます。そのような方は「名ばかり取締役」として、会社に対して残業代を請求できる可能性があります。
もしご自身が「名ばかり取締役」ではないかと疑いを持った場合には、速やかに弁護士に相談のうえで対応を協議してください。
本コラムでお伝えすることは、大きく以下の3つです。
・「名ばかり取締役」とは
・取締役が残業代を請求できない理由
・「名ばかり取締役」が残業代を請求する方法や注意点
ご自身が「名ばかり取締役」に当たるのではないかと疑問を持たれている方に向けて、ベリーベスト法律事務所 千葉オフィスの弁護士が解説します。
(出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査地方調査 令和5年平均分結果概要」)
1、取締役の待遇について
まずは、本来の取締役の報酬や福利厚生などの待遇がどのように決定されるかについて、基本的な知識を押さえておきましょう。
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(1)報酬は基本的に株主総会で決定される
取締役の役員報酬は、会社法上、定款または株主総会によって定めるものとされています(会社法第361条第1項)。
後述するように、取締役は会社から経営を委任される立場にあります。
そのため、取締役の報酬については、会社の実質的所有者である「株主の意思」によって決定すべき事項といえます。
また、取締役自身に報酬を決める権限を与えてしまうと、不当に高額な報酬を設定する「お手盛り」の危険が生じてしまいます。
そのため、取締役の報酬に対しては、株主のコントロールを及ぼすべきと考えられているのです。
実務上は、定款で取締役の報酬を定めてしまうと、変更する際の手続きが煩雑です。
したがって多くの会社では、株主総会決議によって取締役の報酬を定めています。
なお、お手盛りの弊害を防止するという観点を考慮して、最高裁の判例上、株主総会決議で取締役全員の報酬総額を定め、具体的な配分は取締役会の決定に一任することも認められています(最高裁昭和60年3月26日判決)。(例)- ① 株主総会決議で、取締役A・B・Cの報酬総額を年間「3000万円」と決定
- ② 取締役会決議で、A・B・Cの年間報酬をそれぞれ「1500万円」「1000万円」「500万円」と決定
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(2)福利厚生は社内規定に従って利用可能
取締役に向けた福利厚生については、社内規定に従った合理的な範囲のものであれば認められる場合があります。
ただし、過大な利益を与えるものについては「報酬」に含まれ、株主総会決議を要する可能性があるので注意が必要です。
2、取締役が残業代を請求できない理由
取締役は、一般の従業員とは異なり、原則として会社に残業代を請求することができません。
取締役が会社に残業代を請求できない理由は、以下のとおりです。
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(1)取締役の報酬は株主総会決議等で決められている
従業員の残業代は、時間外労働・深夜労働・休日労働の実績時間に応じて算定されます。
これに対して、取締役の報酬は定款や株主総会決議などであらかじめ決められています。
そのため、「〇時間残業したから、残業代を〇円追加で支払う」などというわけにはいかないのです。 -
(2)取締役には労働基準法の一部が適用されない
そもそも残業代は、法律上は「割増賃金」といいます。会社が従業員に対して割増賃金を支払う必要があるのは、労働基準法第37条第1項の規定によります。
しかし取締役には、割増賃金の規定の適用がありません。
労働基準法は、使用者である会社に対して弱い立場にある労働者(従業員)を保護するための法律です。
この点、取締役と会社は対等の「委任」関係にあるため、取締役は労働基準法の割増賃金規定による保護の対象外となります。
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3、「名ばかり取締役」とは?
ただし、取締役の身分を持っているとしても、勤務の実態は経営者ではなく、むしろ労働者に近いというケースがあります。
このようなケースは「名ばかり取締役」として、労働基準法の割増賃金規定が適用される可能性があるので注意が必要です。
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(1)肩書が取締役でも、実態は労働者であること
「名ばかり取締役」とは、肩書上は「取締役」であるものの、実際には会社の指揮命令下で働く「労働者」であると評価すべき勤務実態を意味します。
「名ばかり取締役」が発生する背景事情はさまざまですが、典型的には、労働基準法の適用や社会保険・雇用保険の加入義務を免れようとする経営者側の意図があります。
「名ばかり取締役」と状況が似ているのが「名ばかり管理職」の問題です。
労働基準法第41条第2号では、「管理監督者」について、労働時間・休憩・休日に関する労働基準法の規定が適用除外とされています。
これらの規定の適用を不当に免れるために、「執行役員」「使用人兼務役員」「管理職」などの肩書を与えつつも、一般の従業員と変わらない待遇と労働条件で働かせるのが「名ばかり管理職」の実態です。
「名ばかり取締役」も「名ばかり管理職」も、肩書に見合った待遇を与えず、労働基準法などの法律を潜脱したり、対象者の搾取が発生したりする点で、きわめて問題のある取り扱いといえます。 -
(2)「名ばかり取締役」かどうかの判断基準
「名ばかり取締役」に当たるかどうかは、勤務の実態を総合的に考慮したうえで判断されます。
その際、考慮される主な要素は以下のとおりです。① 取締役に就任した経緯
選任手続きや就任登記が適法に行われていない場合は、「名ばかり取締役」と判断されやすくなります。
② 業務執行権限の有無
取締役会に参加していなかったり、議論に加わっていなかったりする場合には、「名ばかり取締役」と判断されやすくなります。
③ 勤務に対する時間的拘束の有無
勤務時間が厳密に決められている場合には、労働者性が強いものとして、「名ばかり取締役」と判断されやすくなります。
④ 業務内容
経営に関わる業務に携わることなく、専ら現場の業務や事務的な業務のみに従事している場合には、「名ばかり取締役」と判断されやすくなります。
⑤ 業務に対する対価
報酬額が取締役として妥当かどうかなどが考慮されます。 -
(3)「名ばかり取締役」には労働基準法が適用される|残業代も発生
取締役が「名ばかり取締役」として、実質的に労働者であると判断される場合、労働基準法の規定が適用されます。
当然、時間外労働・深夜労働・休日労働に関する割増賃金の支払い規定も適用されます。
したがって、これらの労働が発生している場合には、会社に対して残業代を請求することができます。
4、「名ばかり取締役」が残業代を請求するには?
ご自身が「名ばかり取締役」ではないかと考え、会社に対して残業代を請求する場合には、勤務実態に関する証拠の収集が重要になります。
準備や請求手続きが煩雑な場合や、残業代請求が認められる確率を挙げたい場合には、弁護士に相談するとよいでしょう。
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(1)勤務実態に関する証拠を集める
残業代請求は、最終的には労働審判・訴訟などの法的手続きによって審査されます。
その際、労働者側(名ばかり取締役側)の主張を認めてもらうためには、主張を根拠づける証拠を適切に提示しなければなりません。
前述のとおり、「名ばかり取締役」に該当するかどうかは、勤務実態を総合的に評価したうえで判断されます。
たとえば、以下の事実を効果的に立証できる証拠を集められれば、「名ばかり取締役」に該当するという主張が認められやすくなるでしょう。① 取締役(会)としての意思決定に関与していなかったこと
(証拠例)取締役会議事録、メールやメッセンジャーのやり取り
② 勤務時間が厳密に決められていたこと
(証拠例)タイムカード、契約書、PCのログイン履歴、メールの送信日時
③ 業務内容が一般従業員と変わらないこと
(証拠例)業務上の報告メール
④ 業務の対価が一般従業員と変わらないこと
(証拠例)報酬明細
これらの証拠を示しながら、「名ばかり取締役」である事実を効果的に立証できれば、裁判所などによって労働者側の主張が認められやすくなります。
またそれ以前に、会社が任意に残業代を支払う可能性も高まるでしょう。 -
(2)弁護士に相談する
「名ばかり取締役」の方が会社に対して残業代を請求する場合、会社と直接交渉をするか、または法的手続きを講ずる必要があります。
いずれの場合でも、労働者(名ばかり取締役)の方にとっては時間的・精神的に大きな負担がかかりますし、準備をそつなく行うのも非常に大変です。
弁護士にご依頼いただければ、残業代請求に必要な証拠の収集についてアドバイスをするだけでなく、書類の作成や実際の手続きの進行を全面的に代行いたしますので、依頼者のご負担なく残業代請求を進めることができます。
5、まとめ
取締役としての勤務実態がなく、実質的に労働者であると判断される場合には、「名ばかり取締役」として、勤務先の企業に残業代を請求できる可能性があります。
少しでも「名ばかり取締役」に当たるのではないかと疑問を持った方は、お早めにベリーベスト法律事務所 千葉オフィスにご相談ください。
労務紛争対応の専門チームと連携しながら、丁寧なヒアリング・調査を行い、依頼者の正当な利益の実現を目指します。
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